ENGINEER
INTERVIEW

コツコツ続けて早10年。
「ちょっとした善意」でRubyコミュニティを支えるメンテナー

株式会社グルーヴノーツ近永 智之さん

公開日:2019.11.1

 ウェブ系のシステム開発で人気が高く、今や世界中で幅広く利用されている国産のプログラミング言語、Ruby。
全国に先駆けてその振興を図ってきた福岡県では、Ruby技術者による最大級の国際会議「RubyKaigi 2019」が開催されるなど、今や全国有数のRubyコミュニティが形成されるまでに至っています。


その国際会議で基調講演をおこなった、nagachikaさんこと近永智之さん。
CRuby(C言語で実装されたRuby)のコミッタであり、安定版(開発版ではなく一般利用を前提にしたもの)のメンテナーという、ルビイストには知られた存在です。
約10年になる有名ブログ「ruby trunk changes」を継続しながら、株式会社グルーヴノーツでチーフアーキテクトを務める近永さんに、これまでの歩みや現在の取り組みについてお聞きしました。

 

Rubyに惚れ込んだ学生時代

本日はよろしくお願いします。まずは近永さんがエンジニアになったきっかけを教えていただけますか?

近永 初めてプログラミングに触れたのは、大学に入ってからです。
当時はBBS(電子掲示板)などのチャットツールが盛んに作られていた頃で、いろんなプログラミング言語に触れる中で、とりわけRubyの面白さにハマって。
所属は理工学部だったので、卒業後は大学院に進学する人がほとんどでしたが、プログラミングが楽しかったし、先輩からの助言もあってエンジニアとして就職する道を選びました。

Rubyのどんなところに惹かれたんでしょうか?

近永 もともと、既に存在するアプリケーションやサービスが、プログラミングによってどう作動しているのか、裏側の仕組みにすごく興味があったんです。
それでRubyのソースコードを読むようになって。
Rubyで書かれたアプリケーションを、公開されたソースコードから見ていくと、技術がパズルのように組み合わさっているのがわかって、興奮したり。
「なるほど、こういうことか!」と合点がいく瞬間が楽しくて、夢中になりました。 

その熱量を持って、エンジニアとして就職したわけですね。その後の経歴も教えてください。

近永 大学卒業後は、通信・制御システムの受託開発会社に就職して、C言語やRubyを使った分散処理の仕事をしていました。
当時は神奈川に住んでいたんですが、子どもが生まれてから、子育ての環境がいい場所で暮らしたいと思うようになりました。というのも、私が住んでいた地域は、当時は待機児童率が全国ワースト1位で。一時保育の利用や幼稚園に入る抽選券を受け取るために、冬の寒い朝にお母さんたちが毛布にくるまって長蛇の列を作るような状況だったんです。
いろいろ考えた末に、福岡に移住することを決めて。
そのタイミングで、現在の勤務先であるグルーヴノーツに転職しました。

 

継続力を試すために始めたブログ

近永さんは2013年にRuby Prizeを受賞されていますね。そのきっかけとなったブログ『ruby trunk changes』は、今も続けていらっしゃるのですか?

近永 はい。このブログは、Rubyのtrunkに実施された変更をまとめて解説したもので、今年で10年目に突入します。
世界中のコミッタによって24時間ほぼ毎日、何かしらプログラムの修正や新しい機能が追加されるので、ブログもそれに合わせて毎日更新しています。
コミットがない日はブログも休みますが、休んだ日はこの9年間で6〜7回ほどしかなかったですね。

9年間、ほぼ毎日更新ですか! そのモチベーションはどこから来るんでしょう?

近永 よく聞かれるんですが、自分でもわからなくて(笑) もはや習慣になっていますね。
もともと、他のRubyコミッタの方が同様のブログを書かれていて、後任を探していたのを見て、勉強になりそうだし自分の継続力を試すためにもやってみたいと思って始めました。
Rubyは多種多様なOSに搭載される言語なので、いろいろな環境で動かないといけません。
そのためにはどんな観点をケアしなければいけないのか。どんなライブラリやアルゴリズムが新しく導入されているのか。そうした最新の状況を覗くだけでも勉強になりました。

継続力を試すため、とはどういうことでしょう?

近永 以前聞いた話で、「何かの役割を持った人になるには、一定期間それをやり続けないといけない」というのが印象に残っていて。
OSS(オープンソースソフトウェア)などのコミュニティは、基本的にボランタリーベースでやるものなので、気が向いたときにバッチを送ったり、飽きたら途中で辞めたり、関わり方は人それぞれ。
それ故にコツコツと継続できる人は少なく、人材として貴重だという話を聞いて、なるほどと思いました。
私はどちらかというと飽きっぽい性格なので、だからこそ自分の継続力を試したくて。
最初の1ヶ月はものすごく大変で「絶対に続けられない」と思いましたが、それが早10年目。こうなるとは夢にも思いませんでした(笑) 行動が性格まで変えてしまいましたね。

Ruby業界に大きく貢献されていますね。

近永 そう言っていただけると嬉しいのですが、ただ「貢献」というと少し大げさな気がして。
自分も困っていたからその状況を共有しておこう。自分が落ちた落とし穴に、他の人も落ちないようにパッチを公開しておこう。そんな「ちょっとした善意」の気持ちでやっています。

 

誰もが使える機械学習モデルを目指して

ではグルーヴノーツにおける近永さんの役割を教えてください。

近永 チーフアーキテクトを務めています。
当社は、最先端の高速分散処理技術を活かしたスマートデバイスとビッグデータ領域に強みを持つ、テクノロジースタートアップです。
Rubyをはじめ、さまざまな開発言語を駆使してサービスを生み出すプラットフォームを提供しています。
その中で、会社の技術面における全体指揮を任されています。いちプログラマーとして、自社開発のプロダクト「マゼランブロックス」の開発もしています。

「マゼランブロックス」とはどのようなサービスなのでしょうか?

近永 一言で説明するなら「AIの民主化のためのサービス」ですね。
専門的な知識がなくても、プログラムを書けなくても、誰もが手軽に機械学習を利用することができるクラウドサービスです。

AIを活用したサービスがここ最近増えましたね。

近永 そうなんです。Googleさんをはじめ、類似のサービスが出てきましたが、私たちは、企業の本質的な課題や解決策を企業自身が見つけられるように、“議論に導けるサービス”というコンセプトでサービスを提供しています。
「マゼランブロックス」を一律に導入して使っていただくだけでなく、各企業の課題に合わせたカスタマイズを行い、導入支援や利用方法のトレーニングまでフォローする。トータルソリューションとして付加価値をつけていきたいと考えています。

今の仕事のやりがいはどんなところですか?

近永 自分が書いたプログラムが誰かの役に立って「ありがとう」と言ってもらえることですね。
現在はマネージャーの立場なので、エンドユーザーからのフィードバックに直接触れる機会は少ないですが、仕事仲間とのやりとりの中で達成感が得られています。
あとは、例えばシステムに不具合が出た場合に、かなりの難問をたった数時間で修正できたような時は、「いい仕事したな」と自己満足に浸っていますね(笑)

 

ここ福岡で、自分の役割を果たし続けたい

福岡の街は、エンジニアにとって働きやすい環境でしょうか?

近永 エンジニアに限らず、福岡はすごく住みやすいところだと感じています。
街がコンパクトで、ちょっと歩けばのどかな郊外に出られますし、街中へのアクセスも良いので用事も効率的に済ませられます。
エンジニアにとっても、どんどん面白い環境になってきていると思います。
私が移住した頃はまだエンジニアコミュニティが小さく、イベントも少なかった。
でもここ2〜3年で、いろいろな会社が福岡に進出し、エンジニアの数もイベントも格段に増えました。情報不足な感じは、全くしませんね。

子育て環境もよくなりましたか?

近永 のびのび子育てできていると思いますよ。仕事体験や教育関連など子ども向けのイベントも充実しているので、よく参加しています。
現在小学4年生のうちの子は、週に一度、テックパーク(グルーヴノーツが運営する、テクノロジーを活用した学童保育)に通っているんですよ。
高学年になってだんだんとパソコンに興味が湧いてきたみたいで、今はコンテストに応募する作品づくりに励んでいます。

それは素敵ですね! 親子で楽しめそうです。

近永 実は今年から、テックパークの授業で使う教材開発を私がやらせていただいていて。
サマースクールで講師として立ったりもしています。
小学生と直に触れ合いながらプログラミングを教える機会はなかなかない経験なので、楽しいですね。

では最後に、今後の展望を聞かせてください。

近永 私はこれまで、1つのことを長くやり続けることで独自性を出してきた人間だと思っています。
なので、ブログでも本業でも、大それた目標を掲げるより、今やっていることをコツコツと、喜びをもって続けていきたいですね。

本日はありがとうございました。

 

 

<近永 智之(ちかなが・ともゆき)(nagachika)さんプロフィール>
広島県生まれ。
2000年:京都大学理学部を卒業後、就職のために上京。
2010年 :Ruby2.0のブランチメンテナとして、trunkの変更を日々チェックし、まとめて公開する「ruby-trunk-changes」をスタート
2012年:株式会社グルーヴノーツの立ち上げに参画し、福岡に転居
2013年:RubyPrize 2013受賞

ブログ: 「ruby-trunk-changes」
リンク: 株式会社グルーヴノーツ

取材・文・写真 : 佐藤 渉

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