【新コーナー】福岡の企業に訊く エンジニアフレンドリーチャレンジ ~第3回「次世代のエンジニア育成」ニワカソフト株式会社、株式会社しくみデザイン~
公開日: 2021.9.30
第3回のテーマ【次世代のエンジニア育成】
福岡を拠点にする企業の、エンジニアフレンドリーな試みを紹介するこのコーナー。今回のテーマは、「次世代のエンジニア育成」です。福岡で優秀なエンジニアが活躍するためには、まず母数を増やし、エンジニアに興味を持つ人を増やすことが大事。今回は、ニワカソフト株式会社と株式会社しくみデザインの2社の取り組みを取材しました。
面白さ最優先の事業展開
古賀聡さんが代表を務めるニワカソフト株式会社は、Web広告やWebマーケティング領域を中心に制作を行うIT企業。“にわか者”と自ら名乗るように、初心を忘れず、失敗を恐れずに、これまで多くの事業を立ち上げてきました。
2012年の創業時はアプリ開発を手がけ、その後は中国語が話せる社員のサポートもあり、中国の富裕層向けの不動産事業やスマホ関連の部材輸入事業などを展開。2017年には、中国のドローンメーカー・DJIが深圳で開催する世界最大級のロボットコンテスト「RoboMaster」での勝利を目指したロボットチーム「FUKUOKA NIWAKA」を立ち上げます。実は、こんな出来事がきっかけでした。
「中国に出張に行った時に、担当の方から『日本のロボットは面白くないね』と言われたんです。それが、とても悔しくて。当時は、日本のほうが技術レベルも高いと思い込んでいたんですが、実際に彼らのロボット開発は、日本の比ではなかった。だったら、世界最高峰の闘いで勝てるチームを、福岡から出したいと思ったんです」。
この悔しさは、周囲にも伝播します。ベテランのロボット開発者や、北九州高専の先生なども協力してくれることになり、事態は一気に動き出します。古賀さんは、強いチームを作るには環境を整えることが大事と考え、博多駅前に「NIWAKA LAB」を開設。ここを拠点に学生主体の組織として運営されています。開発を手伝わせてほしいと仙台から学生が遠隔で参加したり、ここで身につけたエンジニアとしてのスキルを活かして、一流企業に就職が決まる学生たちも出てきたそうです。
モチベーションを高める環境づくり
「RoboMaster」の大会では、ロボットの操作性や行動予測性など、AIを活用した先端的な技術力が勝敗を大きく左右します。ですから、ハードウェアを作れるだけでなく、中に組み込むプログラムも高度に発展させなければなりません。
実際に「RoboMaster」の大会では、ロボット操縦者と開発者が、同時に脚光を浴びるように演出されているとか。エンジニアを盛り立てようという、主催側の意図が感じられます。
「思い通りに動けば楽しいし、対戦で負ければ悔しい。そんな素直な気持ちが動機になって、皆がロボット開発に夢中になっています」。
寝る暇も惜しんで開発を続けていた学生が、なかなか家に帰らず、母親から電話がきたこともあるとか。古賀さんは、どのようにこの高い熱量の場を維持しているのでしょうか。
「私自身はエンジニアではなく、技術的に教えられることは少ない。だから、彼らのモチベーションをいつも気にかけていました。イベント化して盛り上がりを演出したり、メンバーの発言がチーム全体にいい影響を与えるような仕掛けを考えたり。関わっていて楽しいと思えることが、長く続ける上で大事だと思います」。
そして、同じ手法で2019年に立ち上げたのが、eスポーツチーム「NIWAKA GAMES」。福岡eスポーツ協会の事務局長も務める古賀さんは、福岡から世界的なプレーヤーを輩出したいと、小学生から40代まで15人が所属するチームを立ち上げました。eスポーツの世界市場は、1,700億円超とも試算され、今後は事業的な発展も期待されます。
「打ち込める環境を用意すること。そして、先にどんな未来があるのかを示してあげること。それが、私なりの教育や育成の方法ですね」。
若い子たちのやる気を引き出すのが上手な古賀さんの元から、きっとレベルの高いエンジニアたちが育っていくのでしょう。
誰もがクリエイターになれる
次は、株式会社しくみデザインを紹介します。九州芸術工科大学大学院でメディアアートの研究をしていた中村俊介さんが、仲間たちと2005年に創業した企業です。名前の由来は、「みんなを笑顔にするしくみをデザインしたい」との思いから。デジタルテクノロジーを活用した開発を得意としています。
2015年には、文字を使わずにプログラミングを学べるアプリ「Springin’」を開発。その後、改良を重ね、未来のプログラミング教育の充実を図る文部科学省の「みらプロ2020」に採択。2020年のプログラミング教育必修化を前年に控えた2019年から人気に火がつきました。2021年9月末時点で、累計80万ダウンロードを達成しています。
「私たちのテーマは、今まで何かをやりたくてもできなかった人たちを、テクノロジーの力で可能にすること。誰もがクリエイターになれることを、事業として支援することなんです。だから、教育や育成という考え方は、事業の根幹にあります」。
ただ、中村さんが考える教育は、机上で勉強するのとは少し違います。
「初めのとっかかりを作るためには、教育も必要かもしれません。でも理想は、教育なしで、できるようになる方がいい。楽しくてついつい自分で進めてしまうという方が、結果として伸びるんです。誰かが教え込むよりも、楽しくやり続けられる“しくみ”を作ることを、いつも心がけています」。
コロナ禍になってからは、一般向けのオンラインワークショップや小学校へのオンラインプログラミング授業などを数多く実施しています。また、教育関連、運輸業、小売業、食品製造業など、多くの企業に協賛いただいて毎月1つ以上のコンテストを開催し、子供たち(時には大人)の創作のモチベーションをあげる施策を実施しています。
楽しみ尽くせば、社会は広がる
中村さんのその発想は、同社が開発した楽器アプリケーション「KAGURA」などにも反映されています。どちらも自分で手を動かして、ゲームを作ったり音を操作してみることから始めます。誰かが用意した世界の内側で遊ぶのではなく、世界そのものを自分で作り出せる楽しさ。それが、クリエイティブの本質だと中村さんは言います。
「私自身、かつてはクリエイターとして成功したいと思っていました。でも、自分一人で達成するよりも、才能のある人たちを集めて、その力をもっと伸ばせた方が、社会は大きく変わると気づいたんです」。
実際に、しくみデザインで働くエンジニアたちも、企業の受託開発や自社開発ソフトなど、さまざまな案件で腕を磨いた人たちばかり。その多様さが、しくみデザインのアイデアの源泉になっているといいます。
「これだけ価値観が多様化してくると、エンジニアも一つの専門分野に特化するだけでなく、幅広い発想力や実現力が大事になってくると思います。その点、うちのエンジニアは優秀な人ばかり。なんせ、私の突飛なアイデアを、長く一緒に実現させてきたチームですから(笑)」
エンジニアの働き方も、最大限の自由が確保されています。リモートワークはコロナ禍以前からすでに推進され、子連れでの出社もOK。時間に縛られるとパフォーマンスが落ちるため、コアタイムなしの完全フレックス制を採用しています。そんなチームが生み出すサービスだから、自由度が高く、人を魅了する力があるのでしょう。
「アプリを使って、何かを生み出す力を学んでくれた人たちが、次の時代のプログラマーやエンジニアとして活躍する。そんなことが実現できたら、開発者冥利に尽きますね」。
[取材を終えて]
今回、教育をテーマにお話を伺った2社。どちらも「楽しさ」を重視している点が印象的でした。能力を伸ばす、育てるという時に、本人の「楽しい」や自発性を上手に引き出して活用してあげないと、継続させるのは難しい。理想を語るだけでなく、人の気持ちにどう触れて、どう導くかを考え抜いている経営者のおふたりから、学びの多い取材となりました。
取材・文 : 佐藤 渉
写真: 各社提供