ワクワクできるAR技術を、もっと身近に。研究と勉強会、両面からARの可能性を広げるエンジニア
ARコンテンツ作成勉強会/スチームパンクデジタル株式会社吉永崇さん
公開日:2020.8.7
面前の風景にバーチャルな視覚情報を重ね合わせることで、目の前の現実を”仮想的に拡張する”AR技術。近年は、ゲーム「ポケモンGO」や家具メーカーの「家具仮置きサービス」など、私たちの生活にも身近なものとなっています。
このAR技術を主に医療分野から研究しているのが、スチームパンクデジタル株式会社の吉永崇さんです。ハンズオン形式でARコンテンツを作る「ARコンテンツ作成勉強会」を2013年から100回以上開催するなど、技術の普及にも取り組んでいる吉永さん。これまでの歩みやARへの並々ならぬ情熱、コロナ禍での勉強会の活動と今後について語っていただきました。
きっかけはAR ToolKit
本日はよろしくお願いいたします。まずは吉永さんがARを研究しようと思ったきっかけを教えてください。
大学時代の専攻は応用化学でした。卒業研究では実験系ではなく分子の状態や結晶の成長のシミュレーションをする研究室に配属され、その中でシミュレーションそのものよりも結果として得られる膨大な数字をグラフィックスで可視化するのが面白くなって、修士でもその研究を続けました。
その後、学部・修士時代の先生が退官するのに伴って博士課程から医療系の研究室に移ったんです。とはいえ、進学した時点ではまだARをやると決めたわけではありませんでした。
その頃ちょうど、YouTubeやニコニコ動画などでARを使った作品が流行り始めて。ARToolKitを用いた、その時は立方体のようなシンプルな図形でしたが、自分のPC上でWebカメラ内のマーカーにCGが重ね合わされたのを体験して興味を持ちました。
当時はARなんて知らなかったけど、「これをやりたい」と思って。
そこから映像の中で浮かせている立方体を臓器に置き換えたら、医療分野でこの技術が応用できるんじゃないかと指導教員に提案して、そのまま医療を軸にしたAR研究をすることになりました。
吉永さんが感じるARの魅力を教えてください。
現実と同じものを見ながら、現実ではできないことも可能にするところです。たとえば、この患者さんの心臓の断面が見たいと思っても、本当には切ることはできません。だけど、デジタルなら空間に心臓のイメージを浮かせて、切った断面を見ることができる。そういった、現実の制約を超えていけるところがいいですね。
昔からSF映画が好きなのですが、作品の中に出てくるワクワクする未来感のあるものを、現実にできる可能性があるのが、ARのすごいところだなと。
-ちなみに、どんなSF映画がお好きなんでしょうか?
『アイアンマン』ですね。主人公が、ラボでいろんな情報を空中に浮かせながら見ている場面は、何度も繰り返し見ちゃいますね。かっこいいなぁ〜って。
研究室ではどんな研究をされていたのでしょうか?
母胎や臓器の状況などを診るエコー検査の画像を熟練医師でなくても的確に取得できるように支援する研究をしていました。ARを使うと、熟練の医師が検査器具をどのように操作していたかを記憶させることができたり、遠隔地の先生からの指示をグラフィカルに見える化できるため、医師間の技術の差を埋められるようになるんです。
あくまでも、人間自身が技術を向上させたり、継承させたりしないといけないんだけど、自転車でいう補助輪のように、最終的にはそのガイドがいらないくらいまで学習者の技術向上をサポートできるものになれば良いな、と考えて研究していました。
とても意義深い研究ですね。今はどのような研究をされているんですか。
モーションキャプチャやARのもととなる新しい3Dスキャン技術やその活用についての研究と関連するアプリケーションを開発しています。
そうなんですね。研究のどこに楽しさを感じていらっしゃいますか?
世界で最初に研究成果を見られることですね。「本当に結果が出るのだろうか」と思いながら研究を続けるのも大変だし、競合がいるから他の研究者に先に結果を出されることもあります。だからこそ、他の人がまだ作っていないものを一番に作れると報われた気持ちにもなりますし、一番楽しいです。
知識がない人にこそ、ARに触れてほしい
「ARコンテンツ作成勉強会」を主宰されていますね。大学在学時から、そういった勉強会やコミュニティ活動はされていたんですか?
全くやっていませんでしたね。むしろ、めんどくさいと感じるタイプで(笑) 九州に引っ越して、コミュニティの繋がりができるようになってからです。
福岡に知り合いが少ない状態でいらして、どのようにコミュニティ活動に顔を出すようになったんでしょう?
福岡の人って、紹介し合う文化があるし、すぐに仲良くなるでしょう? それで、イベント登壇に誘われたんです。運営の方と知り合いになったことで、勉強会に誘ってもらったり、登壇もするようになって、いろんな機会をいただきました。
コミュニティ活動の面白さって、何ですか?
研究や仕事だけじゃない、自分にとっていろんな学びやフィードバックがあることですかね。実は、一番初めに登壇した時に、すごく悔しい思いをしたんですよ。一生懸命自分の研究について説明したつもりが、全然伝わらなくて、聞いている人はみんなポカンとした顔で……(笑)
その時、自分がそれまで行ってきたような同業の研究者向けの発表とはちがい、バックグラウンドが異なる人に向けた発表では、話の前提の共有や、詳細の掘り下げ方などを、その時々に合わせて考えなきゃいけないな、と反省したんです。
コミュニティ活動が、自分を外の世界に向かわせてくれました。
「ARコンテンツ作成勉強会」は参加者が実際に手を動かして技術やものづくりを体験する、ハンズオン形式が特徴ですね。
自分で手を動かすと楽しいし、理解も深まります。知見がある人が壇上で一方的に話すタイプの勉強会もありますが、聞いている側からすると「自分事」になりづらいのかなと考えています。AR勉強会はAR開発の面白さを、ハードル低く体験してほしくて始めたので、初心者の方に「自分でもこんなことができるんだ」と思ってもらいたいんです。
だから皆さんが楽しんでいるかどうかは、いつも気になりますね。会場内を見て回って、手が止まっていたり、難しい顔をしている参加者がいたら積極的に声をかけます。
2013年から始めて、もう100回以上も続いています。続けるモチベーションはどこから来るんですか?
自分が勉強したり、自作したりする中で楽しかったことや面白かったことは、忘れる前に誰かと共有したい。ネタは次々に出てくるし、技術も進歩するから、それをどんどんシェアしていくために続けています。
新型コロナウイルスは、コミュニティ活動にも影響がありましたか?
まずZoomを使って従来通りの規模感でのハンズオンを実施し、さらにそれをより多くの人が見られるようにYouTubeでも配信しました。ハンズオンの参加者と、視聴だけの参加者と、両方いる形です。YouTubeからコメントすることもできます。新しい試み自体は楽しいですよ、表情などが分かりづらくて難しいこともありますけど。全員がゴールにたどり着くことを目標にしているのは、対面でもオンラインでも変わりません。
変わった事といえば、今までは福岡やその開催地からの参加者がメインでしたが、オンライン化したことで全国どころか海外からの参加者も増えました。
現実+αを面白がる
福岡の街は、エンジニアが活躍しやすい街になっているでしょうか?
街がコンパクトで、コミュニティの規模もそんなに大きくないおかげで、いろんな人と知り合えます。自分のような”よそもの”にも優しくて、すぐに溶け込むことができましたよ。
エンジニアカフェの「ハッカーサポーター」にも就任されましたね。
これまでも質問や相談には答えていたのですが、正式に役割ができたことで、より相談してもらいやすくなるのではないかと思います。「ARでこんなことをやってますよ」という話をしつつ、困っている人がいたら相談に乗りたいですね。
これからお仕事でやってみたいことは?
ARの見える化技術を使ったコミュニケーションです。今は、Zoomなどでお互いのカメラの映像見ながら喋ってますけど、相手の姿が目の前に3Dで現れるとか、新しい遠隔コミュニケーションを形にしたいです。
すごい! SF映画みたいですね。
そうでしょう。やっぱりARは現実+αのことなので、SFに近いんです。自分がワクワクするものを形にしたいという思いは常にあります。
複数の人で同じものを見る技術の開発もやりたいですね。誰かが触ったら、その結果もみんなに共有できるとか。医療をはじめ、いろんな分野で使えると思います。
勉強会の今後の展望も教えてください。
他の勉強会とのコラボレーションをしたいですね。ARは他のIT技術との接点になりやすいので、Web関係やVUI(声を使ったコミュニケーション)などをやっているところと一緒に勉強会ができたらと思っています。オンラインも活用して、海外でARを勉強しているコミュニティとも積極的につながっていきたいですね。
本日は大変面白いお話を、ありがとうございました。
<吉永崇(よしなが・たかし)さんプロフィール>
埼玉県出身
2010年:東京農工大学 大学院 生物システム応用科学府 博士後期課程 修了
東京農工大学 工学部 電気電子工学科 特任助教
10月、 九州先端科学技術研究所 生活支援情報技術研究室 研究員に着任。
福岡へ。
2013年:ARコンテンツ作成勉強会を立ち上げ。
2020年:スチームパンクデジタル株式会社に入社
ブログ:http://www.vizyoshinaga.sakura.ne.jp/
ARコンテンツ作成勉強会についてはこちら
取材・文:立野由利子、写真:EFC福岡